M&Aによる事業承継を考えた会社のオーナー社長が知っておくべきこと
経営コンサルタント 兼
製造業および小売店舗オーナー
中沢光昭
第1回 自分の想いの価値を示す
自分の会社の引き受け手を探し始める前に、まず「客観的な売却価格」を算定します。
その上で、「どれほどの価格やその他条件なら、自分・会社として納得できるか」を
整理・認識しておくことが肝要です。
大企業の売却は合理性が重視される
規模が大きい会社の取引の世界では、良くも悪くも買収価格に感情は入りません。
売り手の事情があろうとも、譲渡価格を上げようとも、
組織のなかで意思決定するため、合理性の判断の前に感情は排除されます。
買い手がコンペに勝つためにあえて高値で買うケースもありますが、
事業上のシナジーやブランド価値の理論値を計算したうえで、
それによって得られる利益を越えない範囲に買収価格を収めます。
会社の価値をエクセルで計算したシートだけを見て判断し、
「欲しいけど割高だなあ」と断念してしまうのは早計ではないかとも思われますが、
ビジネスとしては正しい判断となります。
一昔前に銀行員が「経営者の顔を見て貸す」と言っていたのが、
いつの間にか主にデータベースとシステムが与信判断し、
経営者との会話はあくまで与信判断の一材料にすぎなくなったのと同じ構図です。
中小企業の売却は納得感を重視すべき
一方で、中小企業の譲渡取引の世界は感情が価格に入ります。
買い手によっては「この商品・技術にピンときた」「この立地が買い」などの勢いが
希望価格に影響したりもします。
売り手も
「利益は出てないかもしれないけど、ここまでの努力には自負があるから」とか、
「今まで2000万円も投資してきたのだから」(赤字だけど2000万円で売りたい)など、
今までの想いやサンクコストを希望価格に乗せたりします。
企業価値は基本的には利益や生み出されている現金に基づき計算されますので、
過去に投資された時間や想いは、利益に結びついていなければ価格に反映されません。
さりとて、論理だけで割り切れないのが人間です。
中小企業においては特に売り手(株主)=経営者や幹部であることがほとんどであり、
引継ぎも兼ねて残ることも多いので、買収後のキーマンのモチベーション維持も重要です。
そのため、買い手企業が、売り手の感情むき出しの値付けに歩み寄ることはままあります。
率直に納得感のすり合わせができる土壌を作る
ですので、買い手を探し始める前に、
買い手とじっくり話し合えるようにする土壌を作る必要があります。
まず売り手として「理屈では●~★円」という計算は客観的にしましょう。
資格者に頼むか、単純に営業利益+減価償却費の金額を4~7倍して、
(この倍率は業界や市況によって異なりますので、目安です)
負債から現預金を引いた正味の負債金額を差し引いて計算するのでも構いません。
その後、「だけれど」と付け足したい想いを合理的な価格に加えます。
そして、
それを買い手にぶつけ、プレミアム要素を納得してもらう話の流れに持っていくと、
本来進む話がそのままスムーズに進みやすくなります。
ちなみに、「権利や顧客を獲得するのに、過去に大変な思いをしてきた、
設備投資をしてきたから~円にしたい」という想いがあった時など、
相手(買い手)にそれを汲み取ってもらうためにどのように交渉するのか、
その想いにどの程度重きを置くかなどは千差万別であり、答えは一つではありません。
伝わり方で買い手候補の反応が変わる
実際には「『本当は』これくらいの利益が出るんだ」という前提の利益をベースに、
希望金額を提示しているケースがよくあります。
いきなり感覚的に高いと受け止められる売却希望価格を見ると、買い手としては、
「ひょっとして、合理的な計算でそこまでなると本気で思ってるのか?
これは交渉は時間の無駄だ」
と捉えて、早期に撤退してしまうこともあります。
結果的に高く売りたいということは一緒でも、
表現の仕方や話の持って行き方によって得られる機会や結果は変わってきます。
そこで重要となるのが、相談相手となるアドバイザーという名の仲介会社です。
次回は、仲介会社を「ちゃんと」探すことについて述べていきます。
(つづく)
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